理由が「好き」しかないなら、それはたぶん好きな企業ではない。
サラリーマンが居酒屋を愛しているのは、定期的に下賤な話をしないと息が詰まるから。
無能です。
みんな下ネタとか、もっと言うとインモラルなことを吐き出したい気持ちでいっぱいなんだ、ってサラリーマンになるとわかりますね。
ぼくが大学生のときなんて、うんこしか言ってなかったですもん。
でも社会人になるとそうもいかない。
社会の恐ろしさは不用意にうんことか言えないことにあります。
さて、こんな質問をいただきました。
いつも武野さんの本に励ましをもらっています。
質問なんですが、武野さんが志望動機を書かれる際、過去の体験と志望企業が結びつかない、
又はない場合、どのように工夫なされていましたか?
自分が今行きたい企業の理由が好きしか思いつかなく、苦戦しています。
なるほど。
本を読んでいただいて、ありがとうございます!
意外と僕の本とかブログは女性のほうが呼んでいる割合が高いそうで、なんだかどきどきします。
質問にお答えいたします。
あくまで僕の考えですが。
理由のない好きは、好きではない。
と、僕は思います。
ていうか、そう考えたほうがいい。
男女関係にも言えるのですが、人間の感情は目に見えないようで、意外と論理的に説明できます。
フィーリングなんて言葉がありますが、それは考えることを放棄しているだけか、もしくはそう考えるだけの能力が不足しているだけです。
味とかなら、別です。
それは「感覚」というものですから、口ではかなり説明しがたいものです。
しかし、感情は別です。
いろんな感情がありますが、好きにしろ嫌いにしろ、例えば最低限、きっかけとなるものはあります。
何かしらのきっかけがあって、それ以降のことは無条件に良いか悪いに分類されています。
例えば、嵐の二宮くんがいるとします。
(僕、本でも嵐を例にするんですが、この前リアルにジャニオタの方に怒られました。でも止めませんフヒヒッ)
まぁ、イケメンですよ。
誰でもわかっています。
でも、嵐の二宮くんの顔だけが好きな人ってけっこう少ないと思います。
クリント・イーストウッドも認めた演技力。
二宮くんが好きな人(素敵!演技もできるなんて!しかもクリントが認めてる!キャー!)
実はかなりのゲーマー、かわいいです。
二宮くんが好きな人(かわいい!実はゲームもするのね!横でバイオハザードとかやってるの見てたい!キャー!)
何もおかしくないです。
もう二宮くんなら、何をやってても良いですよ。僕にもわかります。
しかし、ですよ。
それ、たぶん二宮くんを初見で見たときに「かっけー!」と思ったから、そう思うわけですよね。
見てくれがいいのに、演技もできる。いろんな才能がある。
見てくれがいいのに、ゲームもしちゃう。意外な一面。
これ、「理由」ですよね。
ギャップとか、そういうのが素敵だから、好きなわけですよね。
二宮くん批判をするつもりはこれっぽっちもないのですが、クリント・イーストウッドが同じように認めた才能がある人もたぶんいますよね。二宮くんより、ゲームができる人もたぶんいますよね。
でも、その人たちに二宮くんと同じ評価は絶対にしないはずです。
僕も100パーセントしません。
僕が
「3DSで昔のネオジオのゲームやるの好きなんでげす、デュフフフン」
とか言ってたら気持ち悪いですよね。ていうか気持ち悪いです。
二宮くんと僕を比較するなんておこがましいにもほどがあるんですけれど、
ていうか僕なんてリアルにファンの人からすると二宮くんの指毛より価値がないと思うんですけど、
同じ評価にはなりえないわけです。
つまり、好きは細分化するなり、要因を追及するなりすれば、言葉にできるってことです。
それが出てこないってことは、すべてを否定するわけではありませんが、
「なんとなく好き」
という曖昧模糊な、少なくとも人に伝えられて理解してもらえるような「好き」ではないわけです。
これ、僕けっこういろんなところで言っているんですが、
「なんとなく」で考えることを済ませてしまう人は就活でけっこう苦労します。
なぜなら、就活、ひいては面接などで求められるのは、たいていが「理由」だからです。
理由は人に理解してもらうためのツールです。
これを語らなければ、就活は絶対に有利にはならないんです。
だから、これから就活をする、もしくは心機一転頑張るって人は、ここに注目してください。
自己PRでも、志望動機でも、なんにでもいえます。
誰にどんな状況で伝えても、その自己PR、その志望動機が伝わるっていうのが、良い自己PRなり、志望動機です。
質問に対する根本的な回答になっていませんね。
じゃあ、好きの理由がでてこない人はどうすればいいか。
捨てろ。
その志望動機は使えない。
残念ながら、僕は面と向かって喋っているわけではありませんし、
だから、方向性だけ伝えます。
志望動機なんてもんは、仮定するもんです。
バカ正直に答えるのは、本気でそう思っていて、かつそれが理由で落とされても構わないと思えるときだけでいいです。
はっきり言って、嘘でも何でもいいんです。
志望動機だけで通過することなんてありえませんし、そんな正直に答えるしかできなかったら、後々いろんなところで困ると思います。
誠実さは本当に素敵なんですが、別に志望動機でも何でも、仮定して伝えることが悪いわけがありません。
面接でもESでも、それは試験です。勝負です。
戦略的に乗り越えることは、すべてにおいて許されます。
本にも書いていますけど就活には最低限のルールしかありません。
粘膜への攻撃と金的以外はすべてが許されます。
受け手に伝えることができ、理解させることのできる志望動機を、でっちあげでも何でもいいですから、作ってください。
全般的に考える必要なんてありません。
会社のHPとか、人事に聞いた話をさらっと全体で見て、そのうちの「作りやすい」と思った1点なり、2点なりを徹底的に調べて、考えて、受かると思えるものを「設定」してください。
(「設定して絞って考える」、これ重要です)
ブログにも書いていますけど、僕は自己分析してみたら「働きたくない」になった人間です。志望動機もクソもありません。全て0から作っていきました。
ていうか作れました。
ちゃんと紙に書いて視覚化しながら考えたりとか工夫してたら、できました。
それが就活ですし、それができるようになることが就活生には求められています。
就活はバカ正直にやるものではなく、戦略的に乗り越えていくものです。
そして、
そのなかにある自分の信念や心の規律、絶対にはずしたくない、心底から大切にしたい「好き」を、芯として持ち、何があってもぶらさないのが最高の就活です。
最後の最後にこそ「好き」は大切にしてください。
それは誰からも否定されません。させてはいけません。
でも、そこにたどり着けるまでをどう戦略的に突破していくか。それを考えてください。
そうするからこそ、エッセンスとして加えられた「好き」は受け手に響くんです。
好きは感情であり、上で語れるとは言いましたが、確かに一筋縄ではいきません。
どうしても関わってきます。
でも、それは意図的に組み込むものではありません。
「好きです!好きです!」ってすき家のテーマソングみたいに連呼しても伝わりません。
ではでは。
なか卵が好きな無能でした。