「就活とは自分という商品の営業である✩」キモス
さっきインドカレー屋にいったらデザートにお米と牛乳を甘く煮て香辛料で香り付けた奴が出てきました。
ワシ牛乳苦手なんすよ。
兄貴(こやつも牛乳という名前ですが)は甘いドリアだとか言ってて「甘ドリア」という名前をつけていました。
僕は全部一回も噛まずに飲み込みました。
しかもそれが「サービスですう」とか言って出してきてくれたもんだったので、いろいろと辛かったです。
さて、無駄話は置いといて。
「就活とは○○であるー!」
と言ってる人たちっていっぱいいると思うんですが、
いちばん聞くのは
「就活とは営業であるー!」
ですよね。
そんなかでも
「就活とは自分という商品の営業であるー!」
が、一番多いんじゃないかなと思います。
これ聞いた就活生は
「なるほどおおお!自分を売り込めばええんやなあああ!」
とやる気に満ちみちて、
意識を高めまくり、
そして覚醒し、
スーパーイシキ人になります。
(「つまんねー!」とか言ってんじゃねーぞ)
ちなみに僕はこの「就活とは自分という商品の営業である」というセリフが大嫌いです。
理由はあります。
まずそもそも学生に対して「営業」でイメージが付くと思っているところが、頭使ってません。
どんだけイシキ人向けに話してるんだよっていう感じです。
営業経験のある学生なんてほんのひと握りしかいない上に、その中でもインターンで数日くらいしか体験したことがない人がほとんどでしょう。
ですので就活生側としては「就活とは営業である」とか言われても、営業についてさらに想像するだけです。
想像に想像を重ねるわけですね。
もはや妄想ですわ。
んで、次です。
「自分という商品」って、ワシらモノちゃうし。
なに、商品って。
物売るのと人売るのと同じだと思っているんでしょうか。
人身売買かよ。アフリカに謝れ。
例えばですけど、
よくありますよね、就活における「短所は長所の裏返しを話せ」っていうやつ。
凡人内定戦略でもこれについては書きましたけど、就活生はぜったいやったらいかんのです。
本当に営業だったらいいかもしれないですけどね。
商品の悪いところも含めて良い部分として話すことができれば、それはできる営業マンですよね。たぶん。
でも、あくまで人なんですよ。就活生は。
商品なんて、「機能性」と「値段」くらいしか考えないでしょ。あと「見た目」くらいですか。
そんなもんだけで、人を判断する会社がいたら、そんなとこ入らないほうが身のためです。
典型的なブラックでしょ。
社員を労働力としてしか見てない証拠っすわ。
あとね。
「営業とは○○である!」論もたくさんありますけど、たぶんそこで最も言われているのは
「営業とは商品を売る役割ではない!お客様の困っていることを引き出すのだ!」
ですね、たぶん。
もう就活と噛み合わなすぎて笑っちゃいますわゲヒョヒョヒョヒョ!!
就活において就活生が、会社が困ってることを引き出すとか無意味すぎですよね。
ほとんどの人に共感してもらえると思います。
新卒を募集してる会社は基本的に会社の経営状態とか、困っていることを就活生に話しません。
なんでかっていうと、そんなこと言ってたら新卒の学生は逃げるからです。
だから入社したあとになって現実を直視して不安になる人は多いんですね。
なんで会社が新卒とるのかって、若いうちから採用して自分の会社色に染めたいからです。
だから人である必要があるんですよ。
モノだったら自分用にカスタマイズするのって既製品の場合は難しいでしょ。
自分達のいきたい方向に、ある程度合致してる人が欲しいのであって、既に完成してるものは要らないんですよ。
(まあ、面接は面接官の主観でほとんど決まりますけどね)
要は就活生に助けてほしいなんて会社は微塵も思っていないってことです。
大抵の場合は新卒生なんてただの投資でしかないですから。
「このうち○○人くらいは辞めるから~、数年後に取り返してくれればいいかな?」
くらいにしか思ってないですよ。
そんな感じです。
「就活とは営業である」論は、就活してたらよく耳に入ってくると思いますが、聞かなくていいですよ。
あえて必要なことを言うなら
売り込むんじゃなくて、披露する
ことでしょう。
披露できないと後悔する要因になりますし、判断を面接官に委ねるのなら100%発揮できといたほうがいいです。
その100%も悪い部分を含めてというよりは、「自分の人間性」という意味で。
ニュアンスとしてはもちろん前向きなほうが、通過率は高いでしょうね。
「人間性」の話は本でも山ほど書いたので、ここでは割愛。
今日はこんなところで。
無能でした。
トークライブが決まりました。
ゲストは「就活のバカヤロー」の石渡嶺司さん。わおお。
また詳細は報告します!とりあえず11月23日あけといて!